「どいつもこいつも馬鹿ばかりでさ〜」「・・・って言うか」

「人間って幸せにしなきゃダメかな?」 〜たんぽぽ
 "貧乏神が!" Round35


 レンタルマドカマギカだか云うアニメの魔女見習いの少女も「こんな世界に救う価値があるのか」との負の感情に依り魔女になっておった。こちらのアニメで、画以外で唯一記憶に残り、亦共感出来たセリフである。つっても一度しか見ておらんので全体的にあやふやな説明ではあるが。
 いつの間にか又2ヶ月弱程度の期間が空いた後に声優諸氏のブログやツイッターなんぞを見たが、そろそろ飽きた様で。それどころかうんざりしたモノとかも。飯テロ言うやつは本当のテロに遭ってくれんモノかと真剣に思う。ミドル・イーストはアメリカの介入、援助の行動もどこが敵か味方かもワカラン混乱した状況になっておると言うのに。本当は「テロで死ねよクズが」と言いたいところだが「リア充爆発しろ」などと云うくだらん流行り言葉を使っておった人間達と同列になるのは嫌なので言わんが。大衆は、よく使われる言葉で表現するなら、財産・顔・学歴・地位などが自分より上と思っている人間には何を言っても良いと考えているのはいつの時代も変わらん、らしい。
 そんな中、ブクマに登録していた他の声優諸氏のブログを惰性で読んでいたところ、かわいい、若しくは大してかわいくない女性声優では無く、小山力也氏の文章で癒されたのである。まあ以前からフツーの人間以上ではある、が本来フツーの人間とはこうあるべきだと云う人間性が見られるしっかりとした記事を書かれる方であり、尊敬まではいかないかも知れんが「俺には追い着かないまでもしっかりと考えてるなエライエライ」と思っていた方なので、ってウソウソ、ウソです。なんかマジメに書いてたらアホみたいな事を挟みたくなるのが癖なので、ってそれはどうでも良いが、やっぱ顔も名前も出しておる人の模範だなと思っておったと。
 「癒し」と云う俺には無縁の言葉を使ったが、まあ10年以上前から流行っておるこちらのオカルト的用語に就いては今度書くとして今回も暫時的に使用するが、俺に取って癒しとは感情では無く、矢張り(それの元は)論理であると改めて感じた。即ち「この世の中でも他人や国の事を考えられる方がおられる」との(再)発見から「うっひょー!」と喜びの感情が湧くのである。小山氏は偽善的な──偽善者かどうかは本人を知らん場合はワカランので──多くのTV文化人やTVに出ない文化人や知識人とは違い「正論を言ってますよ」の押し付け感も無く「自分も未だ勉強中である」との言葉も真実に見え、何より俺(がブログに書いてる姿勢)とは違い、メッセージを与える相手に希望を持っている様に見受けられるのが素晴らしい。
 本当は、文章・構成等に依って、それを更に効果的にしておる部分もあるのだが、それを分析して書くとなんか失礼になるのでやめておく。意図しておられるかどうかは存じ上げないと云うのも手伝っておるので。特に意識はされておらんと思うが。
 ともあれ、かわいい、若しくは大してかわいくない女性声優達のブログでは無く、同性の小山氏のブログのお陰で少し楽になった訳だが、って本当は下野紘氏もちょいちょい問題提起を挟んでおるのだが、何しろ大量に読んでおらんブログがあるので未だ途中である故、ここに名前だけ書いておいた。あ、寿美菜子ちゃんやらゆーりちゃん、後者は笑いに依って癒されたが、矢張り女性故先を考えると不安を伴ってしまうのである。
 そういや矢作氏のニコ生が8月から始まって初回のゲストがヒロ・シモノなんだよな。どうすっかな。つって別にそれほど悩んでおらず会員登録するだろうけども。でもまた暫くしたら8月までネット見ねーんだけど。つか去年の夏に国外からニコ生を観られんっつーのを知って驚いたが、Youtubeにまで拒否されるとは。公式だけかも知らんが。花澤香菜さんのしかチェックしておらんかったので。
 矢作氏と言えば"ちょろい"も観なくなってもうた。つか以前誉めたにも拘らず、某太った作家さんが出過ぎで食傷気味となり、彼の担当する番組は全て観なくなり、その余波で"もしこえ"までも聴かなくなり(こちらは俺の事情だが)、更には2ヶ月見かけなかったのであれだけ好きだった西ちゃん、ぱるにゃすまでもがどうでも良くなり、結果ゆーりちゃんの"Five Stars"のみと。あ、この間井口裕香嬢の誕生日の前の週と誕生日回は観たか。年末年始の人生ゲームなんぞは出ずっぱりであったが、通常の放送では無かったので全く気にならんかったのだがなあ。
 アニメは久々に面白い、かな、と思えるモノが今頃出てきておるのでなんか書くかも。つかもうアホみたいに「大好き〜!」っつー女性声優がおらんからブログもやめたいわ。「小山さんや下野さんや中井和哉さん(多いので略)大好き〜!」ってイイおっさんがおっさんLOVEな事ばっか書いてもなあ。てか男性声優で誉めてる人って少ないが、逆に「ダメだ。本気でイラネ」って人はかなり少ないのよね。特別好きって人以外は書かないだけで、女性に比べて上手い、声が好き、って人は寧ろ多い、と言うかそれがフツーだと思っとるんだろうなとちょっと前に気付いた次第。今度好きな男性声優、演技や声ね、を列挙してみるか。多分女性の倍はいくだろうな。つって女の子大好きな結果に終わったら保存せずに消そう。暫くぶりにアルコール飲んだらアタマがアレでヘンな文章になっておるだろうが、まあいつもか。
 ともあれ山崎エリイちゃんは良い子に育って欲しいです。あ、この間"レールガン"を観て春上香菜さんの名前がエリイだと初めて知ったの。漢字を調べるのは面倒なの。こまちゃんとほたるんの回は面白かったのん。イエス!アスミス! (←元ネタも使う場所も知らん)


YES! LONDON!
'Evolution #9 ' - The Melovsky's



雑に記す、故に雑記。故に侘助。←コピペ

 と書いても実際にコピペかどうかは読者には解らない。と不図思ったので、いつも途中から元々何を書きたかったか俺自身も解らなくなるこのブログではあるが、今回は更にひどく、冒頭から予定と違う事を書く事にする。
「この文章は嘘である。」
 はい、これはかなり有名な自己言及文です。他のセンテンスと比較しないと意味を成さないモンですな。
「この文章は正しい。」
 はい、こちらはちょっと進んだモンですが、まぁ論理をやってる人には有名ですな。一見上記と違い何も矛盾が無い様ですが、正しいかどうかの判断材料が無く、上記の文と同様意味があるとは言えません。
 で、今回はここから敷衍させて、1つ目は先ず"人間"に就いて考えましょう。
☆人間に於ける自己言及1
「俺が言っている事は嘘である。」
 紙に書いたテキストでは無く、人の言葉ではありますが、性質は同じ自己言及文です。「ブログに書かれているテキストじゃん。」とのツッコミはシュールレアリスム等の管轄になるのでやめておきましょう。
 まぁこれは「或るクレテ人が『全てのクレテ人は嘘つきである。』と言った。」と、こちらも有名な文ですが、古くから自己言及文の代表として存在しておりますね。基本的に嘘つきがいつも全て嘘をつく訳じゃないです。故に侘助
「よし、俺はこれから朝飯食わないぞー。」
「今日は雨が降りそうだから傘は持って行かない事にしよう。」
「一昨日大阪に行ったらロシア人がラーメン食ってたので・・・・・・。」
 こんな嘘つきがいたら相当頭が良いでしょうね。なので、全てとは言わずとも、或る程度の長さの文章や語る言葉から判別されるべきであると云うのが、この類の文、一般の人間の発する言葉の性質でありますが、ここで"人間"との言葉が出てきました。故に侘助、では無く、故にもう一度戻ります。
 先に書いた様に、
「俺が言っている事は嘘である。」
「俺が言っている事は本当である。」
 も、どちらも意味の無い言葉です。一般的に話を進めると、ここでもう一人の人物を登場させるのが筋ですので一応段階を踏みます。
A「Bの言う事は嘘である。」
B「Aの言う事は本当である。」
 これも有名なんで説明が面倒ですが、自己言及では無いモノの、真偽の判定が出来ない間接的な自己言及文です。
 扨て、ここから漸く本題。上記の事から外延、普遍化させる事が面白いだけなんだけど、自己言及自体の性質もしなければなので。取り敢えず小難しい部分は簡略化したが長くなってしまった。
 一般の人間は、他の人間から発せられた言葉を上記の様に論理学的処理をするだろうか、との部分から。取り敢えず哲学的に意味とか意義とか使うのはアレなんで、適宜解り易い言葉を使っていきます。
母親「ご飯が出来たわよー。」
子供「この言葉の真偽は判別しかねる。」
 などと言う事は無いでしょう。まぁ余程この母親が嘘ばっかついてる人間なら別ですが。それはそれで面白い親子関係だけど。余計な事を書いておくと、子供は"ご飯(料理)の匂いがするか否か"、"普段親が食事を用意してくれている時間帯か"、"抑も母親が帰宅していたかどうか"等の、直接的な対象である母親以外からの情報でも判別しようとしたりしなかったりしますが。
 併し、通常であれば、子供はこの言葉を疑う事は無く、情報収集を行う事も無いでしょう。何故でしょうね。それは多分子供が母親の言葉を"信じているから"だと思われます。論理的な話から、いきなり"信じる"との漠然とした話になっている様に見受けられますが、"信じる"と云うのも論理的帰結です。母親が子供に対し"真"の情報を多く与えた結果、子供の中(情報処理装置)で、母親から発せられる情報は信じるに値するとの情報処理が行われておる訳です。既に長い事子供をやっておれば、処理をする迄も無く、「母親は正しい事を言う」とのバイアスが形成される訳です。ここでは敢えてイッパン的にはマイナスのイメージを持つ"バイアス"との言葉を使っておりますが、その理由は後でなんか解るか解らないかです。
 ともあれ、対象である母親からの情報の(真偽の)蓄積が、子供の判断材料としての情報、知識、記憶、これらは全て同じ意味ですが、になります。
 もう一つ、間接的な自己言及文の場所に入れるべきだったかどうか、まぁブログなんでどうでも良いですが、他者を介しての真偽の判断の話を付け加えておきます。
A「俺は嘘はつかないよ。」
B「Aの言っている事は本当だよ。」
 この場合は特に矛盾は無いでしょう。論理的意味の存在とは別として、一般的に生活している場合は第三者、この場合Bが信用に足る人間である場合に於て、Aの言葉も同様に真であると間接的に判断する事になります。併し一般的に、AとBに利害関係が存在する場合には、Bの言葉もAの言葉も真偽を判定する材料にならないと云うのは、被疑者の親族の証言は証拠とならない事から解る事でしょう。友達とかもそうなのかな? 法律よく知らんのですみません。
 もう一度、ここで個人の発する言葉に戻ります。と云うか当初の話から別の話に発展する事になってしまいそうになったので無理矢理戻しますが。


「俺は天才である。」
「私かわいいでしょ。」
 この様な言葉を発した場合、大抵相手から「自分で言うモンじゃねーだろ。」と言われます。どちらかと云うと蔑まれる感が強く、慢心してると思われます。
「俺はバカなんだよな。」
「私容姿に自信無くて。」
 と、逆に自己否定的な言葉を発した場合は、「それほどじゃないよ。」と、慰められる方が多いでしょう。「普通だよ。」とか、何が"普通"かワケのワカラン定型句を返すバカもおるでしょうが。因みに余りにもネガティヴだとうぜーってなりますけども。

 扨て、上の自己肯定に対しては嫉妬などクソみたいな感情的なモノもあるでしょうが、それとは別に、冒頭に書いた自己言及の人間ヴァージョン、自身に関して発する言葉の"自己言及の意味の無さ"との点から考えると、一概に非難する人間を非難する事は出来ないですね。
 先に書いた親子の例の様に、例えば特定の──この場合肯定的な──情報を発した発信者のその他の情報を、受信者が蓄えておれば、「誰がそう言ってるの?」「証拠はどこにあるの?」等との外部情報を必要せずに、真偽、そこまで堅苦しくなくとも、その情報の程度を判断し、マイナスの感情を持たずに直裁に応える事が出来る事と思います。例えば仲の良い友達同士であれば、
A「俺は天才である。」
B「それほどじゃないよ。」
との(正常で健康的な)会話も成立するでしょう。
 特に関係が深くない人間との対話に於ても、特に重要性の無い事、例えば
「今日電車空いてて座れたよ。」
などと誰かが言ったとして、その真偽を一々確認する事は無いでしょうね。猜疑心の塊かよ、を通り越してビョーキです。本当はこの"情報の重要性"に関しても話を拡げたいところですが長くなるので。


 扨て、この話がどこに繋がるかと云えば、特にここ10数年前から流行っている日本人のダブル・スタンダードです。
 ヤスい心理学者が「自分で自分を認めてあげなさい。」などと言い、消費者も喜んで受け入れる一方、それを言葉に出す事は、伝統的に出来ないシステムになっております。結果、他人からの評価を受けようと必死にならざるを得ません。勿論前述した様に第三者からの情報を必要とするのは当然なのですが、当然と言い切れないとの部分も書いたつもりです。まぁこれは昔からそうですが、今は本を開いて引用するのは面倒なのでやめておきます。
 勿論それだけでは無く、自分を肯定する人間に対し、感情から否定をする人間と云うのは、実は自分自身を肯定出来ない人間、TAで言うところの"I'm not OK - You're not OK"的なタイプが多く、自分を自分の主観で認められない為に他人(エライ人)の言葉で自分を励まし、他人に対しては、自信を持った(様に感じる)人間に否定的な感情を持つとの不健全な人間関係が出来ており、更に日本人特有の社交辞令、外面文化が加わり、エライコッチャになってしまう訳です。
 TAの話を少しすると、日本人はアダルト(論理的な部分)が低く、逆に高いと計算高いと思われる傾向にあります。昔は"人情"で結び付いていた為、実際はどうか知りませんが、[感]情の部分が重要視されていたからだと思われますが、その感情のウェイトが高い儘、方向がマイナスへ向かい、論理的な判断が出来ない(苦手である)との事が加わり、少なくとも良いとは言えない状態にあるのが現在の日本でしょう。一見論理で話している様でも、スタートは感情であり、論理が後付けである様(さま)は実に多く見受けられます。人格、自分自身に就いては、全てに於てそうですが、自己批判が出来ない、自分をよく知ろうとしない人間よりも、まだ「自分はダメだ。」と思ってる人間の方がマシかも知れません。
 論理で判断できないから、多くの人間の言葉で判断する。多くの人間が好きな人間、即ち人気のある人間の言葉を受け入れる。正にTV(人気)文化の悪影響が顕現しておりますが、今はもう高齢の方にまでTV文化が浸透しているので、バカになった事にすら気付いていない状態と言えるでしょう。自分に取って都合の良い事に就いては他の情報を必要とせず、都合の悪い事は疑う、との単純な論理回路の持ち主が非常に多いですね。

「俺が言っている事は本当である。」この自己言及文に意味を持たされるのは、多数派に依ってであると言うのが現在の日本です。


 朝に何書いてんだか。今日は20日に届いた西ちゃんのDVDの事とか"ゆるふわ美人のアラサー"ぱるにゃす先生ネタを書こうと思ってたんだよな。まぁいいや。てか結構ハショってるだろうけどまぁいいかブログだし。と言うかまぁいつもマジメな事を書いていると愚痴ばっかみたいだが、その全てに(自分の)回答はありますけども。書いてある事の逆をやれば良いだけなんだよね。
 感情よりも論理的な思考を出来るようにする。他人へのマイナスな感情は、近い人間なら直接言う、関係無い人間なら忘れる。自分がダメだと思うのは構わないが、何がダメで、どうすれば良いかを考える。ほら、書くと当たり前過ぎてアホみたい。
 後、詳細は書かんけど、感情も論理も、脳の働きに於て完全に区別出来ない、子供の頃から作られた思考の働きなんですよね。勿論ホルモンで感情がダーってなるけど、そのダーってなり易い傾向も含め。故に結局いつもの幼少時の人格形成に与える教育の重要性って話ですわな。中・高でも大事だから、"ぼっち"が流行ってるとは云え、間違っても一人で良いんだとか思ってその儘だったら・・・・・・


'Bitter Sweet Symphony ' - The Verve [Official V]



雑に記す、故に雑記。故に侘助。

*フレンズ〜大空直美藤井ゆきよ照井春佳
 販売終了になったものを書いてもしょうがないと思ったが、検索したところまだセブンで扱っている様なので。とは言っても1ページに満たない程度しかメモしとらん。ぱるにゃすの活かされ具合(面白さ)は10パー以下。二度も"うどん"を選択して終了させるとの笑いをアタマから提供してくれていた、ニコ動での宣伝番組"結城友奈は〜"の初回特典ゲーム実況の方が面白い。而も無料。
 扨て、メモだけでは短いので思い出す。発売されてかなり経っており今更感が凄いが。企画は
1.藤井さんが他の二人の写真を撮る。
2.馬に乗る。
3.特撮等?のプロの方達にアクションを指導して貰い実践する。ワイヤーもあり。
4.ウェディングドレスを着て撮影。
これらの間に短い3人の喋りが入る形。
 殊更書くべき事は無いかと思い乍ら列挙している最中に思い出したが、特典映像だったか、3の中で「パンチをよけ、カウンターで殴る」との動作を上手くこなせないぱるにゃすに何度も仕掛ける若い男の人が面白かった。ホントにこれだけである。思い出せ、且つ笑えた記憶があったのは。
 メモは
・命を懸ける→病弱,7:3
 これは大空ちゃんが4に於て、理想の男性像を語っていたところを書き留めたモノで、「病弱な男性が好き」と言っておきながら、「命を懸けて守ってくれる人が良い」と言っていた為、「病弱なら守れねーだろうよ、自殺行為推奨かよ。」と俺が突っ込んだ場面である。7:3は思い出せない。少なくとも7割人間系では無いだろう。浮竹さんなら病弱でも強いか、とのどうでも良い事を思い出したので追記。
・貧乏でも良い→ブランコ、滑空
 こちらは確か藤井さんとやらの結婚観で、「貧乏でも良い」と言っておいて、結婚式は「新郎(か新婦のどちらか忘れたが)が、でかいブランコで登場するか、(背中になんか付けてだったかな)滑空して登場するのが理想。」と、前述の大空ちゃんの様な矛盾した事を言っておった為にメモ。
 出演声優諸氏に関するのメモはこの2つだけである。いやはや。で、最後、と云うか今回のDVDで一番心が動いた部分になるのだが、4で、一般的に言われる撮影協力をされた"小さな結婚式"と云う企業。応対した社員の"伊藤春奈さん"と云う方が正に接客の鑑と云う姿勢を見せて下さり、頑張って作った笑顔では無く非常に好印象であった故に侘助
 まぁ特に"笑い"を求めず、3人の内誰かが好きだったら買ってもいーんじゃないですかねーと鼻をほじり乍ら書いてみる感じのDVDである。結局同じ学研パブリッシングから出される西明日香嬢の、なんだっけ、今注文メールで確認した"声優DVD お散歩シリーズ"も、ニコ生も生で観たが同様、尋常では無い程のツマラナソー感が漂っているが。あれはニコ生の放送もひどかったし視聴者(コメ)もひどかったが、西ちゃんが普段見せない表情をしていたので、そこだけはお得感があった、と云うか単に人間観察が好きであり仕事である俺に取って有用な情報ではあった。
 繰り返しになるが、例えば10年程前に一時ハマったUFAの娘でもベリでも、アイドル性や歌なんぞが好きだった訳では無く、ライヴDVDも買わず、DVDMagazineのみを買っており、それは即ち"唯面白かった"との事に由来するのである。特にベリーズの面子は、最近も(違う部分ではあるが)書いたが、TVやネットからの影響を受けた、若しくはその儘安易にコピーした笑いでは無く、オリジナルの言葉や笑いを作り出していたので面白かったのである。無論、凡そ人格も発する言葉もオリジナルなんてモノは一切無いとマジメに付記しておくが。
 その点に於て荻野可鈴嬢も、異性として特に魅力を感じないとの部分の違いはあれど、先日も書いた幕張メッセを逆さにするネタや、てさプル4話のオープニングのセリフ「ティッシュをもぐもぐ。紙を〜もぐもぐ。私はヤギよ『めぇ〜』。」等の面白さがあるからこそ、俺に取っては価値があるのだ。こちらの何が面白いかと云えば、無論前提として"自分で考えた"と云う部分があり、他虐的な笑い(後述するが)を武器にする割りに自分が貶されると反応してしまう彼女が、高度にヒネった訳でも無く、アニメにもラジオにも何にも関係の無い動物ネタを、更に"雑な感じ"で突っ込んできたところである。整理して考えれば、通常ヤギなら紙が最初だろうが、それを無視して最初に"ティッシュ"である。独立している「ど〜ん!」と云う擬音部に鳴き声を当て嵌めている部分も凄い。語数が足りていないので、"を"の後を長音にしているが、歌詞の響きを(伝統的に)考えるのであれば「かーみを」が正解であろうが、そうしないところも凄い。どんだけ誉めてんだよ。まぁいいや。で、本領は悪意の(余り)感じられない身内貶しである。今回、4話での明坂さんの「『何やってんだ!』(っつって。)」とのノリツッコミの一部のみを独立させ引っ張って繰り返す部分も泣きそうになった次第である。よく言われる"大人の事情"と云うくだらない企業の倫理、と云うか実質営利保護的な部分も含め、自らの利害得失に関わってしまう部分も笑いにしてしまう為に("てさプルん♪"等)、単に関係の無い他人をバカにする笑いとは別であると捉えられる。尤も彼女が言っている様に「アイドルが本業」であり、声優は飽迄も副業に過ぎないからかも知れないが。余り誉めすぎるのも何なのでマイナスの事も書いておくと、"てさプル"が始まる告知があった初期辺りに公式と共にツイッターのフォローをしたが、フツーの女子の様にセルフィー許りで特に面白くは無く外した、外したであってるの?未だに用語ワカンネ、との事もあったが。そういえば西ちゃんの顔芸、特にめもりアルバムの上巻の特典で見られる"疲れた時の顔"などは天才大竹一樹氏を思い起こさせた巧みなモノであり、上記荻野ちゃんのネタの質も合わせると内P的に見えてくる。因みに西ちゃんのバカにした笑いは本当に悪意が無く、以前も書いた様に自分が攻撃されても流すか、それを笑いに変えるとの部分でちょっと違うが、とバイアスがかかってる様にも見えるかも知らん事も書いたり。
 本当はその西ちゃんのDVDの事も書こうと思ってたのに長くなってしまった。今日はここら辺でやめておこう。あ、それで思い出したが、ファンを豚呼ばわりしている洲崎西のDVDのみ買っていない。何せファンは本当に搾取される豚の様な存在であり、洒落になっていないからである。オーウェルの"動物農場"のラストでは、搾取する側の"人間も豚も見分けがつかなくなる"が。何より彼等自体が、"猫芋"の"ドエマー"とやらもだが、(多分)満足している事が気持ち悪い故に侘助
 「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。」- 'Utilitarianism' J.S.ミル


'Intelligent ' - Wizack Twizack



Mental Frequency

 眠い。冬は寒くて眠い。春は暖かくなってきて眠い。夏は体力を奪われ眠い。室内だと窓から入る日差しの暑さと冷房が程よく効いている事との相乗効果に依り眠い。秋は夏が去っていく感じが寂しい。ともかく眠い。2月もあっという間であったと書いた気がするが、3月は何があったかも覚えておらず、あ、風邪ひいたのを思い出した、4月ももう終わりである。来月も西明日香ちゃんのDVDが出る。ここぞとばかりに儲けようとしておるのだろう。ニコ生の宣伝番組では最初「高い」と言っていた西ちゃんは偉い。かなり昔であるが"猫芋"の金集めシステムを、初めて他の出演者から聞いた際に視聴者に対し「ムリスンナ♡」と言っていた時にも、冗談ぽい口調乍らも本気で言っている様に見られ好感が持てた。併し結局のところ企画がツマらんとタレント潰しになるのである。まぁいいや。あ、ぬ〜ちゃんのラジオ始まる。
 で、「二時間後に又お会いしましょう」と"おざなり"の宣伝を最後にしていたが今日は寝たい。そういや新しいラジオの感想を書いておらなんだが、この"おざなり"が実はかなり面白い。何も思い出せないが。残念だったのはりえしょんの番組であり、初回は楽しめたモノの、スタッフと云うよりりえしょんに責があるのだが、ブースの外と会話し過ぎで、そちらの人間が何をやっているか解らん俺にはさっぱり面白くないのである。りえしょんの責と云っても、何かやられたら反応せずにはいられない彼女の性格を考えれば解るだろうよ外は黙っとけ、と思うのだが、まぁそこまでは書かん。観ないだけの話である。寧ろ時間を割かれずに助かる。吉田有里ちゃんのFive Stars金曜日は、彼女単品の放送が初めてであったが、多分一人喋りでは今のとこ一番面白れーんじゃねーかな。何となくブログを読む様になってから1年経つが、若い子、と云っても彼女はそんな若くは無いだろうが、のブログによく見られるアホっぽい文章なのだが、何故か面白く、ひょっとして頭が良いんじゃねーかしらと思っていたら本当に頭が良いと判明。まぁアホっぽさを出してる人間の方が演出できるだけ頭が良いんだが。りえしょんもその類である。少なくとも露出に於てアホが常態化しているタレントは、フツーの部分を見せるギャップだけで相対的に頭が良く見えるのは当たり前ではあるが、それとは別の話である。りえしょんなんぞはフツーにしていたら色気すら感じさせる(俺に取っては)稀有な人間でもあるが、学研さんのDVDまでは買おうとは思わん。色気ナッスィングで残念な格好をさせられる西ちゃんの方は楽天さんで安く売られる様なので買うかもだが。多分買うだろう。だから駄目なんだよな。
 で、最後はevery♥ing!の山崎エリイちゃんですよ。"カラフルストーリー"も発売されるが、取り敢えずラジオの話。エリイちゃんねるは時間帯も早く、コドモが多い様に見受けられた為に1・2度しか観なかったので今回マトモに一人喋りを聴かせてもらってるわけだが、なんか良い。毒されずに育っていって欲しいと思うが、人気商売だと外からの影響だけでなく、内側の自我の問題も──無論これも外部と呼応するのだが──発生するので難しい事は解っておるが、今暫くは、って話である。木戸衣吹ちゃん頑張れも"レーカン"で新たな演技の引き出しを使っており違和感無く観られておる。そう、アニメですよ。"響け!ユーフォニアム"がマトモなモノガタリになっており凄いのですよ。京アニさんは画だけ頑張っておるので残念、と思っていたが、期待せずにHDDにためていたのを観たところ、まぁ凄い。眠いので雑だが、いつもだが、今度こそ、感動させる為のエピソードを適当に繋げただけのモノではない、アニメの青春群像劇である事を願っている次第。勿論京アニさんだけで無く他のとこも含めての話である。"青春ラブコメ〜"は、まぁ、東山ちゃんの演じてる子がきちんと成長しようとしておるので、と云うところくらいかな。ヒッキーに感情移入する子は多いだろうが、残念乍ら視聴者の殆どは彼ほど周囲の人間に取って価値は無いと思われる。まぁともあれ三本も観られるモノがあるだけ豊作と言えるだろう。"てさぐれ"は昔書いた様にアド・リブのパートのみが面白い声優依存アニメだと言うのが浮き彫りになった。エピゴーネンばかりのアニメの中でも更に手垢の付いた"ミュージカルと云う芸術[表現手段]への風刺"なんてよくやる気になったなと途中で消し、South Parkの"Elementary School Musical"ですぐに口直しをした次第。第一話からして"メタの押し売り"であったし。こぽちんと西ちゃんの二人をただ喋らせておいた方が面白いだろう。こぽちん、葵ちゃん役、名前なんだっけ、まぁいいや、いやそろそろ調べるか。ちょっとwiki荻野可鈴ちゃんでした、の怖いもの知らず感は、好きにならない限りに於てではあるが、不愉快さも全く感じさせず非常に面白い。あと無論こちらに矛先が向かなければの話だが。星新一氏の、全ての職業に毒付く事に依って大衆の人気を博すが、最後に行き場が無くなり孤立するDJを思い出させる子である。"超会議"とやらでの"幕張メッセを逆さにする"ネタの様なフツーのモノでもセンスが良く笑わせてもらった。最後こぽちんの話かよ。あ、下野紘氏のトークライヴ"ほぼはじ"のDVDも発売される。5月は又色々と声優さんのモノを買わなければいけないですな。西ちゃんやぱるにゃすのDVDの感想もそろそろ書こうかね。ともあれ企業は商品である声優さんを扱う際には目先の金儲けよりも、長期に渡って稼げる様に頭を使って下さいませ。所詮消耗品としか考えてないだろうし、消費するヲタも一時的に踊らされてるだけだから無理だろうけどね。勿体ないな。そういやさくにゃんのラジオでよく読まれていた"エッチなしんじ君"とのハンドルを前回の"おざなり"で聴いて笑ったが、ちょっと安心した。


'Drop your ego ' - D_Maniac



So I'm sorry

 "飯テロ"とか言ってるバカには時間も金もかける気にはならんのですよ。番組冒頭から言っていたのだが、○○好きな○○である事は解っていた故「この日が来たか。」程度の呆れた感情のみが惹起される。先週リスナーのメールに引っ張られずに"言わなかった事"に感心したばかりだった為に残念でもあったが。「これで最後だから終わりまで聴くか。」と思ったのだが、流石にどうでも良い枠に移動してしまった直後に彼女の喋りを聴いても何も面白くなく、時間の無駄と感じ、結果30分が限界であった。佐藤聡美さんも、その番組を聴く前に丁度見たツイッターにて同じ言葉を使っており、これこそ本当の同時多発飯テロであると思った次第。こちらの方は以前も使っていたのだが、一度だけであったので実は見ない振りをしていたのである。ネットで流行っている言葉を使いたがる声優、アニメ(含・作品内)関連の人間は迎合して受け入れて貰いたがっている様に見えてならない。「周りに合わせていたって It's just no meaning」である。いや、単に流行っている言葉を使いたいだけなのだろうが、どちらにしろ知性を欠いた人間達との関係はどの様な形であれ遠慮させて頂く。以前も懐かしい声優さんのブログが移転していたので読んでいたが、こちらも結構イイ歳をして使っていたので、と同様の事があったが。こちらに書く程の人間では無いので放って置いたが、ついでに今日書いた。30近ければ既にイイ歳だとも言え、亦戸籍上の年齢は唯の指標に過ぎないが。
 結局幾らまともと思える様な事を言っても、同じ口で、意味も考えず、更には嬉々としてアホな言葉を使っていては「安いウソや偽善叫んでも何の意味があるの?」と感じてしまうのである。今後日本でテロが起きて世間の風潮に依って"不謹慎"となってから初めて使わない様になるのだろうな。ミルの言葉も引用したいが今日は面倒なのでやめておこう。ともあれ大多数の人間は何も考えないのだから影響は無いだろう。それが気持ち悪いのだが。
 どうも現実の記憶や思い出と違い、ネット──その他双方向的であれ、一方的であれ、間接的な人間との関係──に於ては過去のそれを懐かしく感じる事が多い為にずるずる引き摺ってしまう傾向があるが、それが何故なのかは今後考えるとして、寿美菜子ちゃんの"black hole"の歌詞で〆よう。多分、自らの感情移入、想像力に依って齎された、自身の中で形成される相手の人格の割合が多い為であろうが。


「過去にすがるのはもう最後にしよう」


 正確には「過去の思い出」であるが。これからの歌も非常に楽しみであったのだが、ミュージックレイン、ユニットのスフィアにて豊崎愛生さんと関係が強い為に、こちらの曲が最初で最後になってしまったのが残念である。而も漸く名前を正確に覚えたのに。それは俺の記憶力の問題だが。と云うか抑もラジオを聴いていなければこの曲も知らなかったであろうから、もうちょっと先にバカな発言をしてくれれば良かったのにとも思うがこればかりはしょうがない。寿さんは寿さんであり、と云っても曲を聴く際に少しは影響が出るかも知れないが。
 ハイな状態、いやそれは駄目でしょう、ネガティヴな事よりも、ハイになれる事、じゃないしなんだっけ、見返すのは面倒なのでやめるが、ともあれ今後はこの様に俺に取って暗い話とも言える事のみで終わっても構わないのは楽である。何せこの目標自体がラジオを聴いて作ったものなのだから。「一気に2名から解放される事になり嬉しい。」と書いても良いのだが、縛られるであろう人間は他にも出てくるかも知れないであろう故、安易に書けないのが残念である。彼女達(ら)にも心を縛られている程では無かったが、少なくとも行動の縛りは存在していたのは事実である。例えば寿さんの曲の歌詞に関して言及しなかった部分がそれに該当する。そう言えば先日豊崎さんが初めて夢に出てきたのだがそれも書けないのも残念であるが。彼女等の脳も含め、色々残念である事だけは確かである。


'Disgusting Creatures ' - Penta



無明長夜

・1 イントロ

タイトルのフォントが5秒の間に30種に切り替わる。つっても面倒なのでトばしてるかも知らん。
・2 もうここから時系列じゃねー。レールガンの有名な、かどうか知らんが、御坂妹VSアクセラレータの実写版。線路だったかの脇にあったコンテナの前。

・2-2 上記のアップ

・3 クローゼットから足が

・4 怯える美菜ちゃん

・5 恥ずかしいから見つめないで下さいませ

・6 風が強くて寒そうな美菜ちゃん。かわいい表情



black hole(DVD付)

black hole(DVD付)

 最初は"食"がテーマであり、ボウルに入れたコーヒー豆を食って、ポッキー、口紅と続き、最後には鏡に映った自分の顔にも食欲を示す。それが後半に繋がり、食べ疲れたのか横になり、大量のカラフルなクスリを自分の上に撒き散らす。
 クスリを飲んだ後に屋上やトンネルで歌ったりするが、タクシーの中で歌った時には流石に注意され、降りる事に。
 どこまでが本当かなど、真偽の確認は限定版を購入してご自身で♡


 つか美菜ちゃん美菜ちゃん書いてて自分が気持ち悪くなった。今日でこの呼び方はやめておこう。まぁ映像は作った事無いのでわからんす。イントロの画像の様に、通常の動画の上になんかカブせるやつ。ひどい。underworldのミュージック・クリップでなんかあったんだよな。ライヴ映像だが"everything, everything"でも同じ様なのがあったが。TOMATOって会社?が作った映像をライヴのになんちゃらかんちゃらするの。画像のレイヤーみたいなモン。どうやってるんだろうね。不思議だね。以上。ひどい。ひどすぎる。しゃーないやん、知らへんねんもん。そらググれば20分程度でそれらしい事書けるやろけど、検索してシッタカとかしたないねん。しんどいし。いや、ほんまはこっちゆうわけちゃうから。飽迄も自分が持っとる範囲の知識で説明、ゆうかまぁ普段のブログも書くんが主義やねん。主義っちゅー程でもないけど。
 まぁ単に感想としては、勿論買って損するモンでは無いが、曲自体が良過ぎな為、俺の場合は、って全部俺の場合だけど、特にMVで好き度が増したとか云う事は無かったっす。曲のみで充分に素晴らしいと云う話でした。
 そう、昨日、一昨日か、に誰かが言った事とカブるのがイヤっちゅー話を書いたのだが、「先日無事に本を読み終えたし」と漸く"創作の極意と〜"のインタヴュー映像を観たところ、そこで御大が「でかい賞を取った作品の中でも校正で直して良いモノか判断しかねる」(引用雑)文章の間違いや誤字なのかな?がある為に書いたと、それだけでは無いだろうが、動機を仰ってたと。一昨昨日に出版社があかんのかな──勿論書いた人間の責任は解った上ではあるが──的な事を書いたので、また恥ずかしい思いしたよーっつー話。更に、数年前にアニメ批評とか、数本のみだが、書いた時に"笑い"に於ての項目分けをしたのだが、それも本の項目と一部カブっており、その部分だけであるのだが恥ずかしく、何もかもが恥ずかしくなってしまった。更には、御大の作品で代表作を挙げるならこれじゃ、つってずっと思っておった"残像に口紅を"を、又戻るが、インタヴューでご自身がそれ系の質問で挙げられていたと。つかこれに関してはご本人に直、いや会うのは今の俺には難し過ぎる偉大な方過ぎるのでファンレターでも、読まねーだろうけど、いや、お読みになる時間などねーでしょうけど、書いたら、目を通された時に喜ばれたかもと思うと残念でならん。
 あ、それで思い出したが、最近は目を通すのが年一、二程度になっておる2chの"まとめ"を見たが、悠木碧ちゃん。ずっと放ってある誉め日和な事もあるんだが、今回はそこで見たモノに関してのみ。いや、つか、いつの話かチェックするのを忘れておったが、ファンレター全部に返事を書いてたとの恐るべき行為が発覚。「もうキツくなってきたのでそろそろ全部にお返事出すのはやめりゅー。抽選にしりゅー。」つって、それまでは全員に返しておった事が判明したらしいと。すげーなおい。罵倒されたりしたモノにも返したのであろうかと今思ったが。いやー無理ですわ。関係無いが、そのスレで「俺も東山奈央ちゃんに出したら返事来た」とのレスがあり、それに対して「悠木碧から?」っつーのが笑った。まぁマトメだと間を端折るので、そのレスとレスの間隔が判らんが、つーかチェックしとらんかったが、その様なボケを返そうとする人間が多いとネットも平和になるだろうにつって思いましたわ。いや、いつも思ってるんだが、が正確か。
 又長くなった。なんだっけか。まぁなんだかんだ言って観てますよ、聴いてますよ、っつー事で。
 聡美ちゃんはアルペジオが弾ける様になったかなと、U gotta make it ur own way. But U'll be alright now sugarな曲で。つか別れる歌だけども。つかアルペジオって何で言ってたんだっけつってあーっつって思い出した。つってばっか書いてアレだ、豊崎ちゃんのラジオでの喋りのモノマネいきます。
「でね。『あー』つって『ぎゃー』つって『わー』つって。いやいや大変でしたよ。」


'Don't Cry(original) ' - GN'R [Official V]